中国のAI教育について調べていて、かなり驚いたことがあります。
北京ではすでに、小学6年生が授業の中でAIエージェントを作っている事例があります。
これは「ChatGPTを使ってみましょう」という授業ではありません。
新華社が2025年9月19日に報じた北京の学校では、小学6年生がAIの授業でプログラミングを学びながら、自分たちで「intelligent agents」を制作していました。
授業では、中国の宇宙開発の先駆者・銭学森と対話できるAIエージェントまで作られています。
最初にこれを見たとき、正直かなり衝撃を受けました。
日本では今でも、
- AIを使うと勉強にならないのでは?
- まず自分でできるようになってからAIを使うべきでは?
という議論をよく見ます。
もちろん、その心配自体は分かります。
でも世界の一部では、すでにその先へ進んでいる。
AIを使うか使わないかではなく、AIと一緒に何を作れるかを学び始めている。
僕はこの違いを、かなり重く見たほうがいいと思っています。
最終確認日:2026年9月3日。教育政策やAI関連制度、各サービスの機能は今後変更される可能性があります。
北京では2025年秋から1,400校以上でAI教育が始まった
この小学6年生の事例だけを見て、「中国ではすべての小学生がAIエージェントを作っている」と考えるのは正確ではありません。
ただし、北京全体としてAI教育を大規模に進めているのは事実です。
北京市では2025年秋学期から、市内の1,400校を超える小中学校でAI通識教育が全面的に始まり、各学年で年間8コマ以上を実施する方針が示されています。
北京市政府の説明では、低学年はAIに触れるところから始まり、3年生以降は身近なAIを理解し、4〜6年生ではデータやアルゴリズムを学びながら簡単なAIアプリケーションの制作へ進む構成です。
ここで僕が面白いと思うのは、単にAIという新しい科目を増やしたことではありません。
学び方そのものを変えようとしていることです。
AIを説明する。AIの歴史を暗記する。AI用語の試験をする。
それだけではなく、実際にAIを使う。作る。対話する。問題を解決する。
そういう方向へ教育を持っていこうとしている。ここに大きな違いを感じます。
中国は2026年、「AI+教育」を国レベルの計画にした
さらに2026年4月、中国教育部など5部門は「人工智能+教育」行動計画を発表しました。
計画では2030年までに、AIと教育を深く統合し、学校段階を縦断するAI教育と社会全体のAIリテラシー教育体系を構築するという目標が示されています。
人間とAIが協働する教育環境を作り、知識伝達だけではなく能力育成を進めることも明記されています。教育用の大規模モデルやAIエージェントを組み合わせ、プロジェクト型・探究型・場面型の学習を広げる方向も示されています。
これは、かなり大きな話です。
AIを一部のプログラマーが学ぶ専門技術として扱っているわけではない。
これから社会に出る人間の基礎環境としてAIを考え始めている。
だから小学6年生がAIエージェントを作る授業も、突然出てきた特殊な例ではなく、大きな教育改革の流れの中にあると考えたほうが自然です。
では、日本は何もしていないのか
ここは誤解しないようにしたいところです。
日本も何もしていないわけではありません。
文部科学省は「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関するガイドライン Ver.2.0」を公開し、基本的な考え方として「人間中心の生成AIの利活用」と「生成AIの存在を踏まえた情報活用能力の育成強化」を掲げています。
児童生徒が学習で生成AIを使う場合は、発達段階や情報活用能力、生成AIのリスクに配慮したうえで利用を検討する方針です。2026年度も生成AIパイロット校による実証が続いています。
この慎重さ自体は悪いことではありません。
AIにはハルシネーションもある。個人情報の問題もある。考える前に答えだけ出させれば、学習を阻害する可能性もある。
だから、何でもAIに任せればいいという教育には僕も反対です。
一方で、今回中国の事例を調べて感じたのは、「AIを安全に使わせるにはどうするか」という議論と同時に、
「AIが存在する世界で、何を学ばせるべきなのか」
という議論をもっと進めないとまずいということです。
日本でも「AIエージェント」は正式な職業スキルに入っている
面白いのは、学校教育より少し先に、日本の職業スキル側ではかなり変化が起きていることです。
経済産業省とIPAが2026年4月に公開した「デジタルスキル標準 Ver.2.0」では、AIの実装・運用に関する技能が新設・拡充されています。
そして「AI実装・運用」の中には、はっきりと「AIエージェント」というスキルカテゴリがあります。
公式資料では、AIエージェントについて次のような項目が整理されています。
- 導入設計
- アーキテクチャ設計
- 知識設計
- メモリと状態管理
- ツール利用・拡張
- プロンプト設計・評価
- 行動計画・推論・判断
- 評価・最適化
ここはかなり重要だと思います。
「AIエージェントなんて一部のAIマニアが使うもの」という段階は、もう終わり始めています。
日本でも公的なデジタル人材のスキル標準に入っている。
ならば、Webデザインスクールやプログラミングスクールが、「最後にちょっとChatGPTの使い方もやります」くらいで本当にいいのでしょうか。
僕はかなり疑問です。
Webデザインそのものが、すでにエージェント前提へ動いている
特にWeb制作では、この変化がかなり分かりやすく出ています。
例えばFigmaには現在、公式のMCPサーバーがあります。
AIエージェントはFigma内のコンポーネント、変数、レイアウトなどの構造化された情報を読み取り、対応する環境ではFigmaのキャンバスへネイティブなデザイン要素を作成・更新することもできます。
Webflowも公式MCPサーバーを提供しています。2026年7月のMCP 2.0では、多くの要素・コンポーネント・スタイル・変数の操作がDesignerセッションなしで動くようになりました。
プログラミングでも同じです。
OpenAIのCodex CLIのようなコーディングエージェントは、質問に答えるだけではありません。コードを読み、変更し、実行するところまで担当できます。
こういう環境で、
- Figmaのボタンの場所を何時間も暗記する
- HTMLタグを全部覚えてから制作する
- CSSプロパティを大量に暗記する
- それだけを中心に何ヶ月も勉強する
僕は、かなり危険だと思っています。
実際に僕自身、CodexにWebページ制作を任せる検証をしていますが、短時間で形になる一方で、余白、画像サイズ、配置、手順の抜けなど、人間が判断して直す部分は普通に残りました。
だからこそ、AIがある時代の学習は「手作業を捨てる」話ではなく、人間がどこを理解し、どこを判断すべきかを組み替える話だと思っています。
AI時代に怖いのは「勉強しないこと」ではない
僕が今一番怖いと思っているのは、勉強しない人ではありません。
むしろ、一生懸命、優先順位の低いことを勉強し続けてしまうことです。
例えば、3ヶ月かけてツールの操作方法を覚える。半年かけて構文を暗記する。教材を最初から最後まで全部理解してから制作を始める。
もちろん、その知識が役に立たないわけではありません。
でも、その半年の間に制作環境そのものが変わる可能性がある。
そして何より、細かい操作方法を暗記している間に、本当に覚えるべきことを覚える時間がなくなります。
- 何を作るべきなのか
- 問題をどう分解するのか
- AIにどんな情報を渡すのか
- どうやって間違いを発見するのか
- 良いデザインとは何なのか
- セキュリティ上どこが危険なのか
- ユーザーがどこで迷うのか
- AIに何を任せて、どこを人間が判断するのか
僕は今、こっちの能力のほうが重要だと思っています。
僕は「エージェントファースト」で学んだほうがいいと思っている
そこで僕が最近考えているのが、エージェントファーストという考え方です。
これは公式な教育用語ではなく、僕自身が今の学び方を考える中で使っている言葉です。
エージェントファーストとは、何かを学んだり作ったりするとき、最初からAIエージェントと協働することを前提に学習を設計すること。
ここを間違えてほしくありません。
「全部AIにやらせろ」という意味ではありません。「基礎なんて勉強しなくていい」でもありません。
むしろ逆です。
AIに任せられる暗記や単純作業を減らして、人間が本当に理解しなければいけない基礎へ時間を使う。
そのためのエージェントファーストです。
「基礎を勉強してからAI」ではなく「AIと作りながら基礎を学ぶ」
例えばWebデザインを学ぶとします。
これまでなら、HTMLを学ぶ。CSSを学ぶ。JavaScriptを学ぶ。Figmaを学ぶ。レスポンシブを学ぶ。そして数ヶ月後、ようやくLPを作る。
という順番だったかもしれません。
僕なら逆にします。
初日からLPを作る。
エージェントを使っていい。コードも書かせていい。Figmaにもつなぐ。まず作ってみる。
すると当然、問題が起きます。
- スマホで崩れる
- 余白がおかしい
- 文字が読みにくい
- CSSが無駄に複雑になる
- ボタンが押しにくい
- ページが重い
そこで初めて、「なぜ崩れた?」「Flexboxって何?」「このCSSはなぜダメ?」「この余白はなぜ気持ち悪く見える?」「なぜこのCTAは弱い?」と学ぶ。
すると基礎知識が、テストのための暗記ではなく、自分が作ったものを直すための知識になります。
僕はこのほうが圧倒的に強いと思っています。
スクールの教材も「暗記するもの」から「AIが使えるもの」へ変えたほうがいい
さらに言えば、スクールそのものも変わるべきだと思っています。
例えばあるWebデザインスクールに、100時間の授業、500ページの教材、何百件もの添削事例、LP制作のルール、デザイン原則、コーディング規約、失敗事例、チェックリストがあるとします。
これを全部、生徒の頭の中に詰め込む必要があるのでしょうか。
僕ならまず、スクール自身のノウハウをAIが利用できる形に整理します。
- デザイン原則
- レスポンシブルール
- コーディング規約
- アクセシビリティ基準
- Good / Bad事例
- レビュー基準
- 制作フロー
- 過去の失敗例
として構造化する。
そして生徒のエージェントが、その知識を参照できるようにする。
すると生徒は、「このLPをスクールの基準でレビューして」「スマホ表示を確認して」「このコードに問題がないか見て」とAIに仕事を渡せる。
でも最後に、そのAIの指摘が正しいか判断するのは人間です。
ここで本当の学習が始まる。
僕自身も、Claude Code・Codexなど複数AIエージェントを連携する仕組みを試しながら、知識そのものより「どう仕事を渡すか」「どこで止めるか」「何を確認するか」の重要性を感じています。
これから先生が教えるべきなのは「答え」より「判断基準」かもしれない
AIは、「CSS Gridとは何ですか?」にはほぼ瞬時に答えられます。
だから先生の価値がなくなる、という話ではありません。
僕はむしろ先生の役割が変わると思っています。
- このデザイン、なんで違和感があると思う?
- このAIの回答、どこがおかしい?
- この実装、動くけど本番では危なくない?
- クライアントのこの要求、本当にそのまま実装する?
こういうことを教える。
つまり、知識を持っている先生から、判断基準を持っている先生へ。
ここに人間の教育者の大きな価値が残ると思います。
AI禁止の試験より、AIを使って完成させる試験のほうが実務に近い
プログラミングスクールで、「試験中はAI禁止です」として全部自力でコードを書かせる。
基礎理解の確認としては意味があります。
でも職業教育として考えるなら、それだけでは足りなくなっていると思います。
実際の仕事ではAIを使う可能性が高いからです。
だったら、「好きなAIを使っていいので、このWebアプリを2時間で完成させてください」でいい。
ただし、なぜこの設計にしたか説明できる。AIが書いたコードを読める。バグを直せる。セキュリティ上の問題を発見できる。要件変更にも対応できる。
ここを見る。
僕はこっちのほうが、はるかに実務能力を測れると思います。
中国の小学生との差は「AI知識の量」ではないと思う
今回、中国のAI教育を調べていて僕が怖いと思ったのは、中国の小学生のほうがAIについて詳しくなることではありません。
本当の差は、AIと一緒に試行錯誤した回数なんじゃないかと思っています。
小学6年生から、AIに指示する。失敗する。直す。作る。また失敗する。どうすれば思った通りに動くのか考える。
そんな経験を何年も積んだ子どもが社会に出てくる。
一方で大人が、「AIを使う前に、まず全部自分でできるようになりましょう」と言いながら何年も従来型の学習を続けている。
この差は、あとから簡単には埋まらないかもしれません。
暗記が不要になったのではなく、「何を覚えるか」が変わった
ここは誤解されたくありません。
暗記そのものが無意味になったとは思っていません。基礎知識は必要です。
知らなければ、AIの間違いにも気づけないからです。
ただ、暗記の優先順位が変わった。
僕はそう考えています。
- 細かい構文を全部覚えるより、構造を理解する
- ツールのボタンの場所を全部覚えるより、良いデザインを判断できるようになる
- APIの仕様を丸暗記するより、APIで何と何を接続できるのか理解する
- 一つのAIツールを完璧に使いこなすより、新しいツールが出たとき、自分で調べて仕事へ組み込めるようになる
そして、エージェントへ仕事を渡し、出てきた結果を評価し、完成まで指揮できるようになる。
ここがこれから重要になると思っています。
AI時代の学習で一番危険なのは「真面目に古い勉強を続けること」かもしれない
AI時代に一番危険なのは、勉強しないことではない。
僕は、一生懸命勉強しているのに、学ぶ対象の優先順位を変えられないことのほうが怖いと思っています。
3年間真面目に勉強した。でも、その3年間ずっと手作業の速度を上げていた。
その横で別の人は、AIに仕事を任せる方法。エージェントを接続する方法。正しい情報をコンテキストとして渡す方法。AIの間違いを見抜く方法。複数のツールを組み合わせる方法。成果物を評価する方法を学んでいた。
3年後、この2人の差はかなり大きくなるはずです。
だから僕は、「勉強してから時代に追いつく」のではなく、時代の中で作りながら勉強する。
この発想へ切り替えたほうがいいと思っています。
これから必要なのは「AIを使える人」ではない
北京では、小学6年生がAIエージェントを作っている。
北京全体では小中学校へのAI教育が始まり、中国は国レベルでAIと教育の統合を進めています。
一方、日本も何もしていないわけではありません。
学校現場での生成AI利用を進め、ビジネス人材向けのスキル標準にはAIエージェントまで入ってきています。
だからこれは、「中国はすごい、日本はダメだ」という話ではありません。
僕が言いたいのはもっとシンプルです。
世界がこれだけ変わっているのに、学び方だけ昔のままでいいのか。
ということです。
これから必要なのは、AIを使える人でも、プロンプトをたくさん知っている人でもない。
AIエージェントがいることを前提に、何を自分が学び、何をAIへ任せ、何を人間が判断し、どう成果を出すのかを考えられる人。
僕は、これからの教育をそこから設計したほうがいいと思っています。
それが、僕の考えるエージェントファーストです。
基礎を捨てるのではない。人間を捨てるのでもない。
むしろAIに任せられるものを任せることで、人間が本当に覚えるべきこと、本当に考えるべきことへ時間を戻す。
そのための考え方です。
北京の小学6年生がすでにAIエージェントを作っている。その事実を見たとき、僕は「中国の教育は進んでいるな」で終わらせる気にはなれませんでした。
自分たちは今、何を学ぶべきなのか。
そこをもう一度考え直したほうがいい。
AI時代は、勉強しない人だけが取り残される時代ではない。
何を勉強するかを変えられない人も、取り残される可能性がある。
僕はそう思っています。


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