最近、AIを使って仕事をしながら、少し怖いことを考えるようになりました。
今、多くの人がAIを使いこなそうと必死に勉強しています。
プロンプト。AIライティング。画像生成。プログラミング。AIエージェント。ワークフロー。自動化。
僕自身も毎日のようにAIを使いながら、こうした仕組みを作っています。
でも、ここで一つ大きな疑問があります。
今覚えていること、本当に1年後も必要なんでしょうか。
僕は、今一生懸命覚えていることの相当な部分が、1年後、2年後には価値を失っている可能性があると思っています。
これは「AIで○○という職業がなくなる」という話だけではありません。
もっと怖いのは、人間が時間をかけて能力を身につけ、その能力を何年も使って回収するという前提そのものが崩れることです。
今、人間はAIの未完成部分を必死に補正している
今のAI制作では、人間がAIの出力を何度も補正する場面があります。
AIに文章を書かせたあと、「AIっぽいから直そう」となる。変な言い回しを消す。同じ表現の繰り返しを直す。意味の分かりにくい見出しを具体的にする。人間味を戻す。
画像でも、手がおかしい、顔が微妙、文字が崩れる、構図が違う。動画でも、人物が変わる、動きがおかしい、音が変だ。
だから人間が何度も修正します。
つまり今、人間が時間を使っているのは、AIがまだ未完成だから発生している補正作業でもあります。
僕が今覚えている「AI感を消す技術」も消えるかもしれない
僕自身、公開する文章ではAI感をなくしたいので、細かく調整しています。
でも、ときどき思います。
これ、1年後には何の意味もない作業になっているんじゃないか。
AI自身が「この表現は不自然」「ここは読者が意味を取りにくい」「本人の感情を消しすぎた」「この見出しは制作側にしか意味が分からない」と判断し、その場で直せるようになったら、人間が必死に覚えた「AI感を消す技術」は一気に価値を失います。
今頑張れば頑張るほど、数年後に「あの時間は一体何だったんだ」と思う可能性がある。
僕はこれが高い確率で起きると思っています。
本当に怖いのは「仕事がなくなること」ではない
AIの話になると、「どの職業がなくなるか」という議論になりがちです。
ライター。プログラマー。デザイナー。翻訳者。コンサルタント。
でも僕がもっと大きいと思っているのは、努力して身につけた能力を回収する前に、その能力自体が陳腐化することです。
今までの社会には、分かりやすいルールがありました。
勉強する。練習する。経験を積む。人より上手くなる。その能力を仕事に使う。何年もかけて学習コストを回収する。
だから資格や修行や長期学習に意味がありました。
ところがAIの進化速度が上がり続けると、3か月かけて覚えた技術が、その3か月後にはモデル側へ組み込まれているということが普通に起きます。
学習期間より、技能の寿命の方が短い。
これは異常です。
プロンプトエンジニアリングは最初の分かりやすい例になった
少し前まで、プロンプトエンジニアリングは重要だと言われていました。
役割を指定する。目的を書く。手順を細かく分ける。20個のルールを並べる。思考順序まで人間が指定する。
もちろん、AIに意図を伝えるための指示は今後も必要です。
でも、その意味は変わってきています。
昔は、人間がAIへ「どう考えるか」まで細かく教える必要がありました。
今はモデルが賢くなり、人間が細かく縛りすぎる方が邪魔になる場面もあります。
画像生成でも同じです。昔は呪文のような長文プロンプトや複雑なワークフローが大きな差を生みました。
今はむしろ、モデルが持っている能力を邪魔せず引き出す方が重要になってきています。
AIの進化速度が上がるほど「学び方」も変えないと危ない
だからといって、僕は「もう勉強するな」と言いたいわけではありません。
そうではなく、学んだ技能が5年、10年使えるという前提を捨てた方がいいと思っています。
今覚えたものは来年使えないかもしれない。今教えているものも来年必要ないかもしれない。
学び方そのものが変わっている例として、北京の小学6年生がAIエージェントを作るAI教育についても調べています。
だったら、学習そのものを目的にするより、今あるAIを使って、今成果へ変えることの方が重要になります。
今できることは、今すぐ資産へ変えた方がいい
僕が今意識しているのはここです。
AIを勉強することを目的にしない。
AIを使って、記事を作る。動画を作る。商品を作る。Webサイトを作る。システムを作る。売上を作る。データを作る。ブランドを作る。顧客を作る。
能力が使えるうちに、成果や資産へ変える。
技術は消えるかもしれません。
でも、その技術が使える間に作った事業、顧客、ブランド、一次情報、データ、商品、資本まで全部が同時に消えるとは限りません。
学習した能力を貯め込むより、能力が使えるうちに成果へ変える。
僕はこの考え方の方が重要になっていくと思っています。
AIが速くなるほど、人間の能力差より「使える計算資源」の差が大きくなる
AIの性能が人間の能力差を上回るところまで行けば、競争ルールは変わります。
1000時間勉強した人より、最高性能のAIを自由に使える人の方が強い。
さらに、最高性能AIを100体動かせる人はもっと強い。1000体動かせる企業はさらに強い。独自データまで持っていれば、もっと強い。
そこで重要になるのが、計算資源を買える資本力です。
世界のAI計算能力は2022年以降、年率約3.3倍で増えている
Stanford AI Index 2026では、世界のAI計算能力が2022年以降、年間約3.3倍のペースで拡大してきたと報告されています。
同じ2026年には、OpenAIがGPT-5.6 SolのUltrafastを発表し、最大750出力トークン/秒を案内しました。NVIDIAのMLPerf Inference v6.0では、288基のBlackwell Ultra GPUを使った構成で毎秒250万トークンの推論スループットが報告されています。
AIの競争は「誰のモデルが一番賢いか」だけではなく、誰がどれだけ大量に、速く、安く推論を回せるかへ進んでいます。
最後に勝つのは「一番勉強した人」ではないかもしれない
これは残酷な話です。
これまでの社会では、努力した人、勉強した人、長年経験を積んだ人、専門性を持った人が強かった。
僕は、人間の能力が無意味になるとは思っていません。
でも、AIが人間の能力差を吸収するほど強くなれば、競争は人間同士の技能差から、人間+AIシステム同士の資源差へ移っていく可能性があります。
ただし「資本力だけがすべて」と決まったわけではない
高性能AIを大量に使える企業が有利になる可能性は高いと思っています。
ただ、資本力があるだけで必ず勝てるとは限りません。
何を作るのか。誰の問題を解くのか。どんな一次情報を持っているのか。顧客とどうつながっているのか。独自データを持っているか。ブランドがあるか。
計算資源がコモディティ化すれば、また別の差が重要になる可能性もあります。
資本力だけで勝敗が決まるとは思っていません。
ただ、AIの能力差が人間の能力差を圧縮するほど、資本が買える計算量の意味は今より大きくなると思っています。
それでも今AIを学ぶ意味はある
ここまで読むと、「じゃあ今AIを勉強しても無駄なのか」と思うかもしれません。
僕はそうは思いません。
今AIを学ぶ意味は、技術を永久保存するためではなく、今の能力を今の成果へ変えるためにあります。
今なら作れるものを作る。今なら取れる顧客を取る。今なら蓄積できるデータを蓄積する。今なら作れるブランドを作る。
一年後に技術が陳腐化しても、その一年で作ったものが残ればいい。
僕は「勉強してから始める」より「作りながら変わる」を選びたい
AIの進化が遅ければ、何年も勉強してから市場へ出てもよかった。
でも今は、その勉強が終わる前に道具が変わります。
だから僕は、完璧に覚えてから始めるより、今のAIで今すぐ作る方を選びたい。
技術が変わったら、そのときまた変える。
大事なのは、古い技術を守ることではなく、変化する技術を、その都度、成果へ変換できることだと思っています。
もし最後に資本力の勝負へ近づくのだとしても、その前に個人ができることはあります。
学習を貯めるだけで終わらせず、今の能力を資産へ変える。
僕は今、そこを一番意識しています。
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